メーフ・マドー

Me If Mad Oh!冥府魔道!おまえたちのことが大嫌いになったよ

死ね

クソどうでもいいことを書きます。
「しょせん人生なんてヒマつぶしだ」という言説がまったく理解できない、ということを書きます。深い意味をもってこの表現を使っている人って見たことがないので、おそらく、おそらくは「人生は諸行無常だよな」というくらいの軽い意味で使っているのだろうけれども、もしもそうでないならば、「ヒマつぶし」という言葉を本来使うときのことを考えたらおかしくないすかね。ヒマつぶしって、そう遠くない未来のある一点までの余暇をテキトーなことして過ごすっていうことであって、ある一点を迎えた以降はなにかしらやるべきことがあるってことを前提していると思うんだけど。人生がヒマつぶしだとおっしゃる人はその一点をどこに設定しているんだ?文意そのまま受け取ると、人生終わるときがヒマつぶしの到達点ですよね?死んでからおまえはなにをするつもりなんだ?ヒマつぶしが終わってからやることがないならば、ヒマつぶしという言葉の選択は誤っているぞ?到達点から先の未来をどう考えているのか、わからない。ゆえに「人生はヒマつぶし」だと言う人間の心意がわからない。もしかして僕とはまったく違う時間軸の世界が見えているのか?そう思うと恐ろしくなってくる。「人生は"ひつまぶし"だ」と言われたほうがまだわかる。なんか味わい深い人生なんだろうなァ、と曖昧ながら解釈できるから。こんな細かいことが気になってしまうタチだから、僕は人生が上手くいかないのだろう。神経質すぎるだろうか?神経質でもゴミムシでもなんでもいいですよ、もう。生きていたくないです。あぁ、こういう消化試合のような感じを表すときに使っているのかな。すこしわかった気がしました。

 

※このクソ記事は、人生のヒマつぶしのために書かれました