現実世界のルーザー

この世に救いはない。読書論・椎名林檎論などを綴った、この世界最後のブログです。

MacBookルーザーおじさん

「君のようなクソガキにMacBookは十年早いよ、というわけでこのMacBookはいただいてゆく」

と言って全国のスターバックスMacBookを使っているセイガク*1どもからMacBookを狩ってまわる不審者たちのことをMacBookおじさんと呼ぶのだと思っていたが、これはどうやら僕の認識違いだったようだ。かつて1990年代中ごろに、特定の銘柄のスニーカーに異様なプレミアムがついて、そのスニーカーを履いてる人を見つけては襲撃して奪ったりカツアゲする「エアマックス狩り」なる悪いヤツらが現れるという社会問題が発生したらしいのだけど、うっかりそれを思い出しちゃったせいで混同したのだね。冷静に考えて他人が履いているスニーカーなんか何で欲しいんだって感じだけど、当時は中古スニーカーでもプレミアものなら数十万で転売できたというのだから、狩る人は狩ったんだろう。まんがの『遊戯王』初期でもこのネタあったよね。

件のMacBookおじさんはそんなような狩る側の悪い人間のことでなく、施す側の天使のようなおじさんたちらしいです。お金がないけどネットでブログ書いたりビジネス起こしたりしてヒトヤマアテてやりたいぞッッ!!と意気込んでいる将来有望なセイガク*2さんたちに、なんじ見どころあるなりこれを使い給えとのたまってMacBookをプレゼントしてあげるのだといいます。サンタクロースのようなものだ。"おじさん"と自称しつつ、施す側のMacBookおじさんも羽振りのいい若手ブロガーだったりビジネスマンだったりするようで、セイガク*3さんたちのひたむきな姿が過去の自分と重なって応援したくなるんでしょうかね。僕も「おじさんがご馳走してあげるよ」っつって女の子をごはんに誘うことはあるので、この"おじさん"用法については大いに理解できるものがあります。一歩引いたメタ的な視点を取っているよアピールができる一人称が"おじさん"なのだと思っております。もうおじさんだから若い女の子に対して積極的になれないんだけどね、お金だけは少しばかりあるからご馳走させてくださいな、とへりくったようなことを言って媚びつつも下心抱きまくりなのが"おじさん"なのだよ。わかるとも。僕もそうだからな。

話題作り感が満載で死ぬほどバカバカしいMacBookおじさんですけど、このような施し企画はとても良い試みなんじゃないかなって思います。僕はガキどもに期待していないしお金もないのでMacBookおじさんにはなれませんが、自分の持てるものを提供して後進にどんどんステップアップしてもらいたい気持ちには強く同意するものであります。活躍している若い者が現れたとき、「あいつはワシが育てた」と言いたいよね。嗚呼しかし僕は若者になにを提供できるのだろう。ナニおじさんになれるのだろうか。何者にもなれないばかりか何を施すこともできない人間にMacBookおじさんをバカにしたりなんてできないよ。僕には何ができるんだろう。

自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。
それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
 『マタイによる福音書』第六章

おっと、人に見せるための施しが誡められていた。

 「はぁ?九州では"マック"ですよ」

ところで、九州の大分県ではマクドナルドのことを略して"マクド"って言わないらしい。関西以西の西日本は"マクド"一色だと思い込んでいたマクドブックおじさんにとってこの報告はあまりにショックだった。マクドナルド略称の呼び分けは単純な西東で線が引かれているわけじゃないんだね。源平どちらについたか、あるいは関ヶ原の東軍・西軍どちらについたかに相関関係があるんでしょうかね。歴史は苦手なんで確かなことはわかんないんですけどね。ググってみればどの地域がどの呼称をしていますという調査結果が出て気はするが、なんせインターネット世界は地獄なので、マック派おじさんの工作で歪められた結果かもしれない。そう考えると、MacBookおじさんはマック派おじさんに繋がっていて、"マクド"撲滅運動の一環なのかもしれない。陰謀論めいてきたので予断は避けたいところではあるが、略称の正解は"マクド"なので、みんな騙されてはいけないぞ。

*1:学生

*2:学生

*3:学生