現実世界のルーザー

この世に救いはない。読書論・椎名林檎論などを綴った、この世界最後のブログです。

「国民全員が組織委員会」発言で炎上した椎名林檎が再び東京五輪特別番組でコメント! その内容は… を読んだアイコーカの一意見

タイトル長えなぁ。

この記事を読みました!

lite-ra.com

釣り記事に班のするのはマジレス厨みたいでイヤなんですが、僕も椎名林檎のアイコーカの端くれなので記事のタイトルにリンゴとついていればついつい読んじゃいますし、読んじゃったものはしかたがない。採点するよ!

まず感想としては、全体としてなにが主張したいのかわかりません。
なんかオリンピックのことが嫌いっぽい内容だったので、この編集部にはオリンピックに嫌な思い出がある人がいるのかな?くらいに忖度してあげることしかできなかったよ。

主張もなく、妄想みたいなデタラメ解釈の展開、これはいったい誰に向けて書いた文章なんだろうか。これを読んで「ふーむ、なるほどね」と共感したり理解を示すことができた人がいるのだろうか。すこぶる、謎ですね。

 

 ひょっとしてあの件が関係していたのだろうか?

のあたり、ひょっとして、ツアータイトル*1を絡めたダジャレにしたかったのか……?と疑っちゃいましたが、深読みすぎるだろうか。すぎるね。ちなみに、あの件とか関係していないと思うよ。

 

 とでも言わんばかりの発言をしたのだ。

こういうデタラメな解釈をするのはやめましょう。「とでも言わんばかりの」とか、ストーカーが「俺のこと誘ってると言わんばかりのこと言ったじゃないか」とか言うのと同じくらいヒドイです。真面目なアイコーカを煽ってやろうと言わんばかりの記事だよな。

東京オリンピックに向けていろいろな問題が次々と起こってるどうのこうの、は確かなんでしょうけど、それとリンゴの音楽監督としての仕事は別問題じゃない??
って理屈は子供でもわかると思うんだけどね。オリンピックへのネガティブ要素とリンゴの発言を無理やり結びつけてるあたりが読者の不快感を煽っているのだね。わかるとも、僕も人とケンカするとき、こういうテクニックは使います。ただ、不特定多数が読むオープンな媒体でそういう書きっぷりをするのは正直ダセエと思います。個別の問題について論じたいならそれを指摘すればいいわけで、指摘する能力がないなら黙っていれば? リンゴを引き合いに出すのは無意味だと思いまーす。
筆者さんにはそんな認識がなくて、ご自分のツイッター感覚でこの記事を書かれたのかもわかりません。そうだったらゴメンなさいね。まぁそれならご自分のツイッターでやれよってかんじなんだけども。

リンゴが言った「国民全員が組織委員会」は、僕は「みんなでガンバローぜ」くらいの意味で言ってるのだと思ったんですが、すっごい難しい解釈をなさる方々もいらっしゃるんですね。前にもそんなこと書いたけどね。気色わるいですね。

the-midnight-loser.hatenablog.com

てか、僕も上の記事書いておきながらまだハンナ・アレントの『全体主義の起源』すら読んでいないので、偉そうなことは言えませんね。

 


あ、この記事の「全体主敵発言」と書かれているところは「全体主義的発言」の誤字ですかね?ですよねー?

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丁寧な仕事を心がけてくださいね。一度記事を書いたら、アップする前に二回くらい見直しをしましょう。僕も誤字脱字多いんで偉そうなこと言えないけどね。基本ですよね。


エスノセントリズムってなんだろう!?知らない言葉だ!

エスノセントリズム(英: ethnocentrism)とは、社会進化論者ウィリアム・サムナー (William Graham Sumner) の造語で、自分の育ってきたエスニック集団(族群)、民族、人種の文化を基準として他の文化を否定的に判断したり、低く評価したりする態度や思想のこと。

ってWikipediaには書いてあるんですけど、そういう意味ならリンゴの発言は「エスノセントリズム丸出し」ではないと思う。ぜんぜん違うくね? 無理して難しい言葉使わなくていいよ……ってかんじだよね。

 

つーかこのサイトは「本と雑誌のニュースサイト」と銘打っているが、普段どんなレベルの低い本や雑誌を読んでいらっしゃるのだろうか??
この記事の内容ではいったいどんな「知」を再発見しているのか、教えてもらいたい。あ、「エスノセントリズム」を使ってみたところあたりかな? そうに違いない。

 

こんなテキトーな記事を書いてお金がもらえる仕事、やってみたいなァと思いました。僕のほうがこの記事よりは面白いこと書けると思いまーす。(結論)

 

*1:来年のツアータイトルは「椎名林檎 ひょっとしてレコ発2018」

校則の存在意義についての一考察

女子高生の染髪強要事件が話題なので、僕も乗っかって少し書いておこうと思う。

校則に論理的な根拠なんてない。
ではなんであんなバカみたいなものがあるのか?なぜあんなバカみたいなルールに付き合わされねばならんのか?斯く言う僕も高校生のときいきなり明るい茶パツにして行ったらめちゃクソ怒られた恨みがある。ムカついたねえ。

そこでこのたび校則の存在意義についてあらためて考えて、きっとこうなんだろうなァという解釈をしてあげてみた。大人になってからわかることってのもあるわけだな。

一般に「コミュニケーション能力」というと、
 ①論理的にものごとを伝える能力
 ②空気を読む能力
という、実質正反対なふたつの意味があると思います。

企業の募集要項に「コミュニケーション能力のある人を求めます」とか書いていますが、社会で求められるのって、明示されていないけど①②の両方でしょう。

学校のお勉強では前者①が鍛えられ、校則ってのは後者②を鍛えるためにあるんだろう。
ってのが僕の意見なんだよね。


校則は空気を読む訓練のために存在するもの。

この結論が妥当かどうか、考えてみてほしい。
だってだって、校則が本当に意味のある内容を持っていて、学生が従うべき規範であるならば、全国統一基本校則のようなものを国が制定でもしてしまえばいいことではないか。*1それがなくって、ただ学校ごとに校則が定められていているんなら、校則の反映された生徒が相対化されるのは自明ではないか。
独自ルールを守らせるための訓練であるとしか思えない。

たとえば「地毛登録」「地毛証明」の教育効果は、「ぼく空気読んでますよ~~~」と主張するための練習であるということだ。

そして、いかにルールの隙をついて生きるか、その勉強をしているのだと理解せなばならない。

※だから「服装や髪型髪色を校則なんかで縛らずに自由なファッションを認めさせてやれだ」なんて批判は僕の説からいうと的外れだね。
(校則で拘束ってwwwwwwwwww)

よく、「ズルいやつらは校則を破っているのに怒られず、真面目な人だけ損をしている」というガキの主張が見られるが、これもまた僕の説に則っていえば、そりゃそうだよってことになる。
学校を出たら、社会にでたらゴミ虫のようにズルい人間がわんさかいるんだぞ?
校則すらこっそり破れないようじゃ社会のゴミ虫に負けちゃうぞ、って学校は教えてくれているのだ。校則はそのようなものだと解釈せねばならない。校則の破り方がわからないというのは、数学がわからない英語がわからないと言っているのと同じことなのだ。勉強不足なのだよ。


というのはまぁ半分本気で半分冗談なんだけど、件の染髪強要事件はどのように解釈すればいいんだろうか。

何度も言うけど、校則に根拠などない。
スカートの膝上何センチだとか、なにを根拠に決めたのか、ご説明かなう先生はいらっしゃるのかな?古来よりスカートの丈とスピーチは短ければ短いほうがよいというぞ?

はじめから根拠のない校則なんだから、いくらでも例外を設けられるに決まってんじゃん。
それができないなんて。相対化するためのツールでしかない校則を絶対視しちゃったなんて。なんという愚かなことなのだろうか。先生がたは校則の存在意義なんて考えたこともなかったんだろうな。

というわけで、件の先生がたは、相手がたまたま社会的に弱い立場の高校生だったからドヤれていただけの、空気の読めないコミュ障な大人だったのですね。(結論)

 

*1:ないよね、そんなの…?よく知らずに書いてるよ

精神と身体のどちらが先行するのだろうかってことについて

むかし読んだまんがのショムニで、千夏が異性関係に消極的な佐和子を焚きつけるときに言ったんだったと思うんだけど、「身体で始まる大人の恋愛しようや」ってせりふがあった。*1

ことに恋愛において、好き嫌い許す許さないを考えることが先か?身体が動くほうが先か?みたいなことってあると思うのだ。
 
ついこないだ読んでいた評論集のなかの黒崎政男の『身体にきく哲学』からの抜粋で、現代のデジタルテクノロジーのもとで、「私」の主体はどこにあるのだろうか、ということが論じられていた。
曰く――
 
フランスの哲学者デカルトは、精神・身体の二元論のもとで、人間は精神を持つからこそ存在するのだと考えた。
「我思う、故に我有り」という有名な言葉はこの考えに基づくもの。思う、が先行するのだね。
のちのちもこの人間観が大きな影響を与えていて、我々は「私」の精神がまずあり、身体はその付属物として捉える傾向が強い。
 
が、現代のコンピュータ技術のもとでは、それが疑えるのではないか?
人間のDNA情報をデジタル記録できるテクノロジーのもとでは、「身体」の方が主体で重要なのではないか、という主張が力を持つことになる。絶対的なデジタル情報の前では精神に基づく「私」なんてあやふやなものは疎外される。身体のほうが精神に先行する。ということだ。
この評論ではフーコーの『監獄の誕生』を絡めて意識と監視の関係が論じられたりもしている。精神と身体の関係以外についてもいろいろ考えることができて面白そうだね。
 
 
で、精神と身はどっちが先にあるようなもんなんだろう??ってことは、哲学的なことでなくてもいろいろ話せそうなテーマだよね。
「自制心」という言葉は精神が先にあること前提な言葉っぽいよな。
「身体で始まる大人の恋愛しようや」は、細かいことうだうだ考えずにとりあえずセックスしてみろってことだから、精神先行の意味を持っているのだろう。
 
とはいえ、ぜんぜん好きでも好みでもない相手に思わず迫っちゃったりするよね。*2
そういうときって、大概、酒の勢いによるものだよね。
ということは……
 
精神より身体より、お酒が先行するものなのだ。(結論)

 

*1:うろおぼ

*2:僕は童貞なのでないけどな

逆ナン日記

読者のみんなは、ほんとに僕がフられてばかりのモテないマンだと信じているのか??
だとしたらその認識がトンでもない誤謬であることを、この日記をもって知らしめてやろうと思う。その幻想をぶち殺す――
 
知ってのとおり僕は椎名林檎のアイコーカなので、リンゴと名のつくイベントはいろいろチェックしている。
ある時、オールナイトで林檎の楽曲をかけるDJイベントのようなものがあるときき知って、行こうと思ったのだ。ライブハウスのようなところで延々曲をかけて、踊ったり酒飲んだりするイベントなわけだね。
 
会場近くで別の予定を早めに済ませたこともありオープン直後から入った。馴染みの友人たちは遅れてやってくるらしい。
薄暗いダンスホールに人はまばらで、僕は安い烟草を吸い、麦酒を飲みながらぼんやりと、ここではない異国について、たとえばアラブ・パレスチナを空想していた。
そのとき、声をかけられたのだ。
 
「あのう、それはヴィヴィアンの指輪ですよね」
 
むかしの椎名林檎がつけていたことで有名なヴィヴィアン・ウエストウッドのアーマーリングを、僕も愛用している。ただカラーが違っていて、林檎ちゃんのはシルバーで、僕が持っているものはブラックなのだけどね。色合い的にはタミヤ模型の塗料でいうところのガンメタルを想像してもらえればよい。まったく同じものを買うというのも芸がないし、ブラックが思いのほかかっこよかったので買ったのだ。デューセンバーグのギターを買ったときも、林檎ちゃんが使っていたのとは違うホワイトを選んだな。
 
「ええ、林檎ちゃんのとは色が違うんだけどね」
 
と答えて、ヴィヴィアンの小物が好きなこととか、十三年ほど林檎に片思いしていることとか、そのほか好きなものについていろいろ話した。
少し顔の距離が近くなったかな、というところで、いずれ来るだろうなと思っていた、核心に迫ることを問われたのです。
 
「あの、ノンケのかたなんですか??」
「ノンケだよ!!」
 
僕はノンケだ。差別主義者ではないが、ノンケだ。相手がクソイケメン、たとえば明石国行くんだったとしても、断っているよ。

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「どうしても、ダメ……?」
「ダメだよ、ゴメンな!!!」
 
そんなやり取りを何度か繰り返した。友達にオカマちゃんがいなかったら、オカマちゃんの対処に慣れていなかったら、食われていたかもしれない。会場の所在地が新宿二丁目だったから、こんなこともあるだろうかと思っていたよ。僕はイケメンだしな。
 
ラーメンズ小林賢太郎さんみたいでカッコイイですね、百色眼鏡の」
 
そのとき僕が縁の丸いメガネをかけていたものだから、こんなことを言われたのだ。不覚だが、ここは少しキュンときたな。僕は女の子からカッコイイなんて言われたことがないからな。
おまえが美少女だったらよかったのに。あるいはおまえが小雪で、「私の名をお知りになりたいのでしょう?」と言ってくれればよかったのだ。
どこかで再会することがあったとしても、「ちょっと飲みにいきませんか」なんて誘いには断固として乗らないぞ。ちょっと飲みにと誘ってから女を抱きに行くのが王道コースであることをよく知っているからだ。
 
くそう、女の子から逆ナンされてえよう、宗教とかマルチ商法とかじゃないまともな女の子から……
 
お死まい。
 

カミキリ日記

神を斬りに行った。
 
担当の美容師さんに切ってもらうのは今回でもう三度目くらいなんだけど、いままでほとんど会話した記憶がなかった。
僕は「服屋怖い病」に加えて「美容院怖い病」を患っているのだ。しゃべれないのだ。
相手は休日にフットサルとかやってそうな三十代オシャレイケメン美容師だぞ。そりゃ怖いだろう。
 
今回も最初はお通夜のように静かに終わるかな~と思っていたんだが。
 
「平日休みなんすか?」ときかれ、
「いえ、実は転職して来月から新しい仕事なんで、いま休みなんですよ」
 
からの、転職話などで話をすることができました。よかった、僕はただのゴミクズコミュ障ではなかったんだ。美容師としゃべることはできた。
転職には転機みたいなものがありますよね、というようなことを話した。思えば求人募集でてたの見つけたのもたまたまみたいなもんだし、優遇条件のスキルとマッチしてたのもラッキーだったし、ここを逃したら次はいつそんなチャンスあるかわからなかったな。
そんなような、思っていたことを気楽にしゃべることができました。
 
これで距離が縮まったのだろうね。
シャンプーのち、髪を乾かしているときにね、
 
「僕の友達でぜんぜんモテないやつがいるんですけどね」
 
って、イケメン美容師から話題を振ってくれたのだ。
てかモテない友達の話するって、ルーザーかよ、おまえ。僕もよくモテない友達の話をするんだよ。びっくりしたよ。
 
「中学からの付き合いなんですけど、もう十数人女の子紹介してるのにまったくダメで」
「なにがダメなんでしょう、話すのが苦手とか?」
「いや、つまんないんすよね、そいつ」
 
最初の紹介するときはみんなで会うから盛り上がれるのに、次にデートでふたりで会うと途端につまらなくなるタイプの人なんだそうだ。
話しなかばでもうなにが言いたいのか分かっちゃって、面白みがないとか。
話し方に抑揚がなくて会話を聞いていたいって思えないとか。
あげく、「こないだフられたコになにがダメだったのかきいといて!ただし、まだ未練があることは匂わせないように!」とか無茶振りしてくるとか。
あー、ダメそうだな……てのが聞いてるだけで伝わってくる。いや、僕もつまんねえので、これは反面教師的な意味で参考になるな。
 
「そいつがこれから切りにくるんすよ」
「あぁ……がんばってください……」
 
なんてオチもつけてくれた。イケメン美容師は話が上手い。
僕も人のこと笑えないモテないマンなんだけどね、ウワサのその人がどれだけモテなさそうなのかだけはチェックしておきたかった。
 
神を斬ったあとの僕は、イケメン度がマシマシ増しましたとさ。
 
お死まい。

ルーザー VS 『加爾基 精液 栗ノ花』(椎名林檎とガンダム論)

ながらく、ブログを書いていませんでした。誰も読んでねえのだろうなと思うと、やる気がでねえのだ。でも、『嫌われる勇気』なんかを読むと、人は自分の凝り固まったライフスタイルを捨てることで変化できるのだと説かれておりますし、記事に埋め込んだアフィリエイト不労所得生活を目指したいので、書きます。
 
僕の人生って虚無なので書くこと無いんですけど、なにを書こうかな。
 
と思っていたら、アイコーカ諸氏が椎名林檎のアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』(カルキ・ザーメン・くりのはな)について書いていらっしゃる。そうだ!僕もアイコーカだったんだよ!これらの記事を紹介しつつ、便乗して僕も書いてやるか。薩摩守忠度*1だ!
とはいえ僕のクソブログは想い出語りにすぎない、つまらないものだ。楽曲について論じることなんて思いもよらぬことよ。ただ、僕は人の想い出話を聞くのが好きなものでね。たまには自分のことも語ってみたいナと思ったのだ。
 
まずこちら。
カルキ*2と、前の二枚のアルバムとのギャップについて語っていらっしゃる。まさしくそのとおり、先の無罪から勝訴の間もガクッとテイストが違ったものだが、カルキはそこからさらに異質ともいえる変貌を遂げている。ジャケットの見た目から楽曲のアレンジから歌詞まで、なにもかも。ここに断絶を見た者もおれば、新境地だと賞賛した者もおったように思う。とはいえ多くは、戸惑った。椎名林檎はどこへ行ったのか??って、ねえ。
 
僕がカルキに出会ったのは高校一年生のとき、十四年も前のことだ。まぁ僕の気持ちは今でもハタチのころなので、実質四年前くらいのことなようなもんだけどね。これが初めて買った椎名林檎のアルバムだった。ここが林檎地獄の一丁目、まさからこれ以降、十余年の片想いが始まるとは思わなんだな。高校生のときといえば、京極夏彦を読んで泣くくらいな、多感な時期だったのだ。このアルバムが沁みないわけがなかった。
ここから遡って、勝訴・無罪と聴いていった。シングル・アルバムぜんぶの楽曲通してからのカルキの感想は、
 
 「前のアルバムと全然ちげージャンwwwwww」
 
否、当時は大阪の実家に住んでいたので、
 
 「前のアルバムと全然ちゃいまんがなwwwwwww」
 
って思いました、そのように言いましたとも。
とはいえ、受け入れられたよ。高校生の僕は若かった。柔軟であった。いろんなジャンルの音楽を聴いていたし、「なんでも受け入れよう」の精神でいたから、無罪・勝訴・カルキぜんぶひっくるめて椎名林檎なんだと、理解できた。
この頃のまっすぐな気持ちを、偉そうに音楽を語るオヤジに叩きつけてやりてえな。そんな若いころの感情はどこへ消えたやら、いまはもう「なんでも受け入れよう」の精神なんてものは「気にくわないものはブチ殺したい」精神に変容してしまい、視野狭窄の極み、いやあ歳は取りとうないわいと思う毎日なのだが、これは余談じゃな。
 
 
もうひとつ、こちらの記事もご紹介する。
こちらでは林檎とレディオヘッドの比較話をしておられますが、僕はガンダムの話をします。
 
僕が高校生のころ流行っていたのは、もっぱらガンダムSEEDだった。そして歴史を遡るように見ていったファーストガンダムからの宇宙世紀シリーズ。でも、想い出という意味でもっともこころに残っているのはガンダムF91なのだ。
 
『イマドキ・正史・ラフレシア』という並びになるのだな。
 
『カルキ・精液・クリノハナ』とひっかけました。ルーザーギャグ、炸裂☆だね。ここの駄洒落がなかなか思い浮かばなくてブログの更新が遅くなりました。投げやりだよ。F91が特別好きなわけでもなかったかもしれない。東方は赤く燃えている!このクソブログもたまにはバカウケて燃えて欲しいんだけどなー、まだ一度たりとも真面目なアイコーカから苦情が入っていないんだよね。みんな読んでいない証左であろーな。
 
 
このままだと真面目なアイコーカに刺されそうなので、真面目な話も書きます。
カルキの楽曲を一曲ずつ思い返していくと書きたいことがぽろぽろ出てきてめんどくさくなりそうなので大筋のところはうえに書いたアルバム全体の印象だけってことに留めておきますけど、ひとつ、シンメトリーの中心に立つ「茎-STEM-」についてちょっとだけ。
いい曲ですよね。シングル版の壮大な伴奏のものから一転、アルバムでは緊張感漂うアレンジになってるではないか。ゾクゾクするよね。*3
 
ところで、この「茎-STEM-」つながりの話になるのだけど、『OUR LAST DAY-CASSHERN OFFICIAL ALBUM』っていう、映画「キャシャーン」のサントラ&トリビュートアルバムをご存知ですかね。このトリビュートアルバムにはいろんなアーティストが参加しているんですね。宇多田ヒカルが『誰かの願いが叶うころ』を歌っていたやつだ。
このアルバムに椎名林檎も参加し、「茎-STEM-」の新バージョンが収録される!!という風のウワサを聞きつけ迅雷の如き疾さで購入のち、わくわくしながらかけてみたら!
伴奏がカルキの日本語バージョンで!
歌詞が英語版に置き換わっただけでした!!
というような、手抜きみたいなやつで*4たいへん裏切られた思いをしましたね。映画も借りて見ましたが、内容は………………見たはずだけど覚えてないです。
……あれ、ぼく、真面目なアイコーカに刺されないですよね??
 
で、しつこくもこの記事はまだ続くんだけど、このキャシャーンのトリビュートアルバム自体はすっごい気に入っていたんですが、大学生のときにふられた女に貸したきり返ってきていません。そやつの連絡先も残ってないし顔もおぼろげにしか覚えていないので、もしかしたら、僕の妄想の中にだけ存在する女の子なのかもしれませんね。いや、返せよ、クソ。まんがの「さくらん」と、MDプレーヤーも女に貸したまま返ってきていない気がする。誰に貸したかは覚えていない。貸し借りにルーズだったのだ。LoserじゃなくてLooserだったってわけだな。
 
お死まい。

*1:平忠度(たいらのただのり)からの、ただのり=タダ乗り→無賃乗車・フリーライド的な意味ね

*2:加爾基 精液 栗ノ花』は長いので以降はカルキと略すね

*3:音楽雑誌みたいなレビュー、書けないわ

*4:だったよね???

氷川丸日記

気分があまりにも憂鬱だったので振り払うため、氷川丸に会いにいった。

日本郵船が1930年に竣工させた貨客船で、太平洋戦争時は病院船となって生き延び、戦後は復員船を経て1960年まで運用された。いまは横浜の山下公園前に係留されて重要文化財になっている。船内見学はこの日お休みだったぽく、行っていない。

僕はずっと前に日本郵船の株でデート代をひと儲けした思い出があるが、それは余談だね。

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こういう時、リッチなカメラを買っていればよかったかなぁと思うのだ。猫か船くらいしか撮りたいもんがないからなぁ。

 

氷川丸の姉妹船には「平安丸」「日枝丸」があったけど、こちらは戦没している。神社の名前から取られた三姉妹だったのだね。平安丸については、太平洋戦争のキスカ島撤退作戦に参加した船だということだけ知っていた。ミッドウェーの大敗北で戦略的価値を失ったアリューシャン列島からの撤退作戦。アッツ島は玉砕、キスカ島からは霧に紛れて奇跡の撤退を果たしたという。

ぶらぶらと山下公園から知らない道を歩いて帰った。立ち寄ったコンビニにはいつも吸う金蝙蝠*1を置いていなかったので、パッケージにミートボールが描かれた煙草*2を初めて買ってみた。夜風に美味かった。船を見るのはいいものだね。ここでないどこかへ連れて行ってくれそうだからだろう。どこかへ行きたいね。行方不明になりたい。普通の人ならばお散歩すれば気分もかわって明日から頑張って生きようと思うのかわかりませんが、僕の気分は地獄なままです。