現実世界のルーザー

この世に救いはない。読書論・椎名林檎論などを綴った、この世界最後のブログです。

ルーザー VS 『加爾基 精液 栗ノ花』(椎名林檎とガンダム論)

ながらく、ブログを書いていませんでした。誰も読んでねえのだろうなと思うと、やる気がでねえのだ。でも、『嫌われる勇気』なんかを読むと、人は自分の凝り固まったライフスタイルを捨てることで変化できるのだと説かれておりますし、記事に埋め込んだアフィリエイト不労所得生活を目指したいので、書きます。
 
僕の人生って虚無なので書くこと無いんですけど、なにを書こうかな。
 
と思っていたら、アイコーカ諸氏が椎名林檎のアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』(カルキ・ザーメン・くりのはな)について書いていらっしゃる。そうだ!僕もアイコーカだったんだよ!これらの記事を紹介しつつ、便乗して僕も書いてやるか。薩摩守忠度*1だ!
とはいえ僕のクソブログは想い出語りにすぎない、つまらないものだ。楽曲について論じることなんて思いもよらぬことよ。ただ、僕は人の想い出話を聞くのが好きなものでね。たまには自分のことも語ってみたいナと思ったのだ。
 
まずこちら。
カルキ*2と、前の二枚のアルバムとのギャップについて語っていらっしゃる。まさしくそのとおり、先の無罪から勝訴の間もガクッとテイストが違ったものだが、カルキはそこからさらに異質ともいえる変貌を遂げている。ジャケットの見た目から楽曲のアレンジから歌詞まで、なにもかも。ここに断絶を見た者もおれば、新境地だと賞賛した者もおったように思う。とはいえ多くは、戸惑った。椎名林檎はどこへ行ったのか??って、ねえ。
 
僕がカルキに出会ったのは高校一年生のとき、十四年も前のことだ。まぁ僕の気持ちは今でもハタチのころなので、実質四年前くらいのことなようなもんだけどね。これが初めて買った椎名林檎のアルバムだった。ここが林檎地獄の一丁目、まさからこれ以降、十余年の片想いが始まるとは思わなんだな。高校生のときといえば、京極夏彦を読んで泣くくらいな、多感な時期だったのだ。このアルバムが沁みないわけがなかった。
ここから遡って、勝訴・無罪と聴いていった。シングル・アルバムぜんぶの楽曲通してからのカルキの感想は、
 
 「前のアルバムと全然ちげージャンwwwwww」
 
否、当時は大阪の実家に住んでいたので、
 
 「前のアルバムと全然ちゃいまんがなwwwwwww」
 
って思いました、そのように言いましたとも。
とはいえ、受け入れられたよ。高校生の僕は若かった。柔軟であった。いろんなジャンルの音楽を聴いていたし、「なんでも受け入れよう」の精神でいたから、無罪・勝訴・カルキぜんぶひっくるめて椎名林檎なんだと、理解できた。
この頃のまっすぐな気持ちを、偉そうに音楽を語るオヤジに叩きつけてやりてえな。そんな若いころの感情はどこへ消えたやら、いまはもう「なんでも受け入れよう」の精神なんてものは「気にくわないものはブチ殺したい」精神に変容してしまい、視野狭窄の極み、いやあ歳は取りとうないわいと思う毎日なのだが、これは余談じゃな。
 
 
もうひとつ、こちらの記事もご紹介する。
こちらでは林檎とレディオヘッドの比較話をしておられますが、僕はガンダムの話をします。
 
僕が高校生のころ流行っていたのは、もっぱらガンダムSEEDだった。そして歴史を遡るように見ていったファーストガンダムからの宇宙世紀シリーズ。でも、想い出という意味でもっともこころに残っているのはガンダムF91なのだ。
 
『イマドキ・正史・ラフレシア』という並びになるのだな。
 
『カルキ・精液・クリノハナ』とひっかけました。ルーザーギャグ、炸裂☆だね。ここの駄洒落がなかなか思い浮かばなくてブログの更新が遅くなりました。投げやりだよ。F91が特別好きなわけでもなかったかもしれない。東方は赤く燃えている!このクソブログもたまにはバカウケて燃えて欲しいんだけどなー、まだ一度たりとも真面目なアイコーカから苦情が入っていないんだよね。みんな読んでいない証左であろーな。
 
 
このままだと真面目なアイコーカに刺されそうなので、真面目な話も書きます。
カルキの楽曲を一曲ずつ思い返していくと書きたいことがぽろぽろ出てきてめんどくさくなりそうなので大筋のところはうえに書いたアルバム全体の印象だけってことに留めておきますけど、ひとつ、シンメトリーの中心に立つ「茎-STEM-」についてちょっとだけ。
いい曲ですよね。シングル版の壮大な伴奏のものから一転、アルバムでは緊張感漂うアレンジになってるではないか。ゾクゾクするよね。*3
 
ところで、この「茎-STEM-」つながりの話になるのだけど、『OUR LAST DAY-CASSHERN OFFICIAL ALBUM』っていう、映画「キャシャーン」のサントラ&トリビュートアルバムをご存知ですかね。このトリビュートアルバムにはいろんなアーティストが参加しているんですね。宇多田ヒカルが『誰かの願いが叶うころ』を歌っていたやつだ。
このアルバムに椎名林檎も参加し、「茎-STEM-」の新バージョンが収録される!!という風のウワサを聞きつけ迅雷の如き疾さで購入のち、わくわくしながらかけてみたら!
伴奏がカルキの日本語バージョンで!
歌詞が英語版に置き換わっただけでした!!
というような、手抜きみたいなやつで*4たいへん裏切られた思いをしましたね。映画も借りて見ましたが、内容は………………見たはずだけど覚えてないです。
……あれ、ぼく、真面目なアイコーカに刺されないですよね??
 
で、しつこくもこの記事はまだ続くんだけど、このキャシャーンのトリビュートアルバム自体はすっごい気に入っていたんですが、大学生のときにふられた女に貸したきり返ってきていません。そやつの連絡先も残ってないし顔もおぼろげにしか覚えていないので、もしかしたら、僕の妄想の中にだけ存在する女の子なのかもしれませんね。いや、返せよ、クソ。まんがの「さくらん」と、MDプレーヤーも女に貸したまま返ってきていない気がする。誰に貸したかは覚えていない。貸し借りにルーズだったのだ。LoserじゃなくてLooserだったってわけだな。
 
お死まい。

*1:平忠度(たいらのただのり)からの、ただのり=タダ乗り→無賃乗車・フリーライド的な意味ね

*2:加爾基 精液 栗ノ花』は長いので以降はカルキと略すね

*3:音楽雑誌みたいなレビュー、書けないわ

*4:だったよね???