現実世界のルーザー

この世に救いはない。読書論・椎名林檎論などを綴った、この世界最後のブログです。

限界効用ゼロ社会

あぁ、この世に救いはありません。なにをしても楽しくない、なにを見てもおもしろくもおかしくもない。万物は無常に候、もはやなにからも満足を得られない、あらゆる財*1が無価値になってしまった地獄のような世の中ーーそんな世の中を人呼んで曰く「限界効用ゼロ社会」という。

というのは僕の間違い勘違いであり、正しく現実で議論されているのは「限界費用ゼロ社会」というものだ。ジェレミー・リフキンという学者が提唱した未来の経済予想。インターネットを中心とした情報テクノロジーの発達によって、あらゆるモノの限界費用、すなわち1単位当たりのモノを生産するためのコストは限りなくゼロに近づいていく。そうして資本主義の発展によってモノの価値は上がっていくはずが、逆に資本主義が進めば進むほどモノの値段が下がって資本主義は衰退していくだろう、と論じているのです。たとえば電子書籍の発達で出版コストが下がることや、いまじゃ通話も写真も無料アプリで賄える。ひとむかし前には想像もできなかった、まさに経済パラダイムの大転換であろう。というようなことが述べられているらしいですが、あってる?実は僕はまだ読んでいません。

ちなみに、最初にうっかり間違えた「限界効用」というのは1単位あたりのモノを消費することから得られる満足度・メリットのことを言う経済学用語です。紅葉でも高揚でもありません。『甲陽軍艦』もたぶん関係ない。1杯のラーメンから得られる限界効用は、同じラーメンであっても2杯めを食べるとなると下がり、たとえどんな美味いラーメンであっても追加で食べるにつれて腹はふくれてだんだんと満足度は下がっていく……というようなことを「限界効用逓減の法則」っていったと思います。僕は経済学部だったのだけどね、ろくに勉強していなかったので、もはやおぼろげにこの言葉しか覚えていません。限界ナントカってなんかカッコイイですしね。経済学部は地獄でした。女の子がぜんっぜんいねえの。なにが楽しくて大学に行かなきゃならんのだよって気持ちになりました。限界効用ゼロ学部だよ。

あらゆるものの限界効用がゼロという地獄を呼んで限界効用ゼロ社会ってのは高度な経済学ギャグだったわけだな。でも、たまにそんなふうに感じることありますよね。人は生きるためにこんなカス日記を書いてるのか、クソ日記を書くために生きているのか。わからなくなるよ。

シュンぺーターの予測したように、イノヴェーションの果てにあらゆる技術は官僚化して、結局資本主義は衰退していくのだろうか。資本主義が洛陽を迎えていま幸せそうにしてるやつら全員不幸になればいいのにな~なんて思いながら、最新の経済学説を勉強したい気持ちになっています。マルクス*2経済学は知っておきたいと思うんだよね。共産主義革命で会社を爆破したいとかいう意図では決してなくて、いろんな学者がマルクスを引き合いで出すことがあるからさ。意味プーな無茶振り仕事が降ってくるとね、「資本家倒すぞ」って全社メールを送りたくなります。

*1:モノおよびサービス

*2:マジでルーザー狂う寸前